1. 背景・目的
人工臓器に用いられる材料には,長期の生体内留置において,血栓などの生体成分の付着を抑制する高い抗血栓性が求められる.通常,材料の血液適合性評価は動物実験によって行われ,その前段階のin vitro評価としては静的環境下での試験が一般的である.しかし,より生体内に近い環境下における信頼性の高いin vitro血液適合性評価方法が確立されれば,開発の初期段階で問題点を明確化することによって開発期間の短縮が期待でき,また効率的な動物実験の実施が可能になると考えられる.本研究では,拍動型一巡閉鎖回路を用いて,拍動環境下と静的環境下におけるin vitro血液適合性評価の比較検討を行った.
2. 方法
2.1 血液適合性評価回路
拍動ポンプ3つとセグメント化ポリウレタン(TM-5, 東洋紡績)で製作した大動脈コンプライアンスチューブ, および1つの末梢抵抗調整要素で構成する図1に示す独自に開発した血液適合性評価回路を使用した.本回路では,1つのポンプのみを駆動し,その流入・流出部に高分子製人工弁を組込んでいる.そして,残りの2つのポンプの受動的に動くダイアフラム部をコンプライアンスおよびリザーバ要素として用いることで,完全大気非接触でありながら図2に示すような生理的な左心房圧, 大動脈圧, 大動脈流量を創出することに成功した.さらに,この回路では,圧力を維持したまま流量を2 L/min~5 L/min まで調整可能である.なお, リザーバ要素に用いたポンプはポンプ内の流れの滞留域のなく, 大量生産技術をほぼ確立済みの旋回渦流がたポンプを用いることにより回路内全体で流の停滞域を極力排除でき,より信頼性の高いin vitro抗血栓性試験を行える実験回路ができた.なお,試験回路はすべて滅菌して使用した.
2.2 拍動環境下と静的環境下におけるin vitro血液適合性比較評価
本研究では,すでに高い抗血栓性が認められている生体膜類似物質MPCポリマーと,セグメント化ポリウレタンMiractranⓇ(日本ユニポリマー)の2種類を評価対象とし,これらの材料をそれぞれ駆動ポンプ内面にコーティングを施して評価対象とした.実験では新鮮豚血を使用し,また試験時間は静的・拍動環境下共に1時間とした.駆動条件は,平均流量4L/min,大動脈圧120/80(100)mmHgとした.静的試験では,チューブにそれぞれの材料をコーティングしたものを評価対象とした.評価方法としては,Micro BCA法による吸着血漿タンパク質の総量の定量化を行った.
3. 結果
実験後の駆動ポンプおよびチューブ表面に吸着した血漿タンパク質の総量を定量した結果を図2に示す.これより,静的・拍動環境下共にMPCよりMiractranⓇのほうが吸着タンパク質の総量が多く,またMPC, MiractranⓇ共に拍動環境下における吸着タンパク質の総量は静的環境下の約1.9倍という結果が得られた.その理由として,拍動環境下における血液適合性評価試験では,拍動流の刺激によって材料表面に付着した血球成分・血漿タンパク質が活性化され,さらなる血漿タンパク質の吸着を促進したことが考えられる.